玉里赤科山

日本統治時代初期、赤柯山は赤柯樹を産することで知られていました。日本人は赤柯木材を伐採し、日本に運び銃床の材料として用いました。戦後は西部から大勢の漢民族たちが移り住むようになり、とうもろこしやピーナッツ、サツマイモなどが植えられました。後に金針花が植えられるようになり、 50年におよぶ開墾時代を経て、はげ山であった赤柯山は、一面金針花が広がる景勝地に生まれ変わりました。

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金針花の品種は多く、高山地区で植えられるものが優れていると言われます。海抜約900メートルの赤柯山は気温が低く、金針花の生長速度はやや遅めです。しかしその分雲や霧が充分な水蒸気をもたらし、また生長に適した赤土の土壌であるため、ここで産出された金針花は風味豊かな味わいとなっています。金針花は多年生植物で、現在赤柯山の金針花の多くは数十年前に植えられたものです。普段は定期的な除草、肥料の散布を行うだけで、手間はかかりません。毎年8~9月の開花シーズンになると、農家では一家総動員で、収穫、日干し、乾燥などの作業にあたります。

数年前からは美しい満開の景色が知れ渡るようになり、大勢の観光客が訪れるようになりました。ここはオレンジ色の金針花の海だけでなく、そのほか「赤柯三景」と呼ばれる独特な自然景観も楽しめます。金針花畑に浮かぶ三つの黒い火成岩と奇抜な形をした千噸石亀です。そのほか、築 40年の汪家古厝も一見の価値があります。

汪家古厝は伝統的な閩南式の木造三合院住宅です。烏心石や台湾ケヤキおよび赤柯木などの上等な木材によって建てられており、赤柯山で現存する最古の民家です。これは1960年前後に汪老氏という有名な木工師を嘉義から特別に招いて建てたものです。汪家古厝を訪れれば、部屋に置かれた生活道具や農具を通して、かつての赤柯山居民の暮らしを知ることができます。

報導:野旅行