合歡山

合歓群峰は中央山脈の主稜線の分岐点にあり、連なる単面山が独特の地形を形成している。この地域は蘭陽渓と立霧渓を登ってきた気流が水分をもたらし、夏に豊富な雨、冬には雪を降らせるために、雲海、雪景色などの気象景観が生まれる。合歓山地域の年間雨量は3400ミリ、平均気温5,3℃。地質は中新生のもので粘板岩、千枚岩から成る。合歓群峰は立霧渓、大甲渓、濁水渓の発源地でもあり重要な集水区である。

合歓山一帯を代表する植被としてニイタカトドマツとニイタカヤダケがあげられる。両者は競争しながら世代交代を繰り返している。毎年雪が融け、梅雨が過ぎると、ニイタカヤダケが濃い緑を呈し、六月から九月にかけて山一面に高山植物が花を咲かせる。秋が深まるにつれ、草木は枯れ、ニイタカトドマツだけが蒼く残り、雪が舞う季節にも、銀色の雪に埋もれることなく生き生きと緑をたたえている。

冬が過ぎ春になると合歓山は生命の喜びを奏で始める。ニイタカヤダケの草原にはアリ科やヨコバイ科の昆虫の姿が見られ、その生長と分布はニイタカヤダケの生長によって移動する。イワヒバリ、キンバネホイビイ、タカサゴマシコ等の鳥は草原または森林限界一帯でよく見られ、草原や礫地では台灣蜓蜥、雪山草蜥それにサンショウウオ等が生息している。チョウセンイタチは合歓山一帯によく姿を見せる哺乳類で、キクチハタネズミやタイワンモリネズミなどを主に食べる。自然の植物連鎖の循環がここでも伺える。

1914年から1935年にかけて、日本当局は戦争、統治、登山などの需要から、合歓越嶺道路を数回にわたって修築した。タロコから霧社まで、徒歩で四日間要した。この古道は合歓山地域を通り、四キロごとに警察の駐在所が設けられ、合歓山地域では合歓山(現在の昆陽)、石門(現在の合歓山荘)、合歓(現在の落鷹山荘)の三箇所に駐在所があった。また、現在雪地訓練センターが建っているところは、1914年にタロコ事件の際に佐久間左馬太総督が西軍を率いて集結駐留したところでもある。

文字來源 太魯閣國家公園管理處 圖/野旅行